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『外科医の世紀 近代医学のあけぼの』メカ設計者のハートに響く熱い本だった

ユルゲン・トールヴァルト著『外科医の世紀 近代医学のあけぼの』(小川道雄訳 2007年 へるす出版)という本を読みました。
医学の発展に感動するのは当然として、メカ設計者として読むと心に響く熱い本でした。
面白さを感じたポイントを紹介します。

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どんな本

※入手については、後述しています。

『外科医の世紀 近代医学のあけぼの』という書名の通り、外科の発展が綴られています。

原著は1956年に発表された『Das Jahrhundert der Chirurgen』という本です。

医学史の本ではありますが、歴史の教科書というよりはノンフィクション小説という趣です。
医学史にそって話が進んでいき、500ページ超のボリュームで読み応えはたっぷり。

架空のキャラクターに医学のターニングポイントに立ち会わせる、あるいは取材させるという形で話が進んでいき、とてもドラマチックなんです。

史実の人物の感情は想像だけではなく、豊富な資料に裏打ちされている事が巻末の文献リスト(論文や手記、手紙など)を見るとわかります。

先駆者の心情を追体験できた

19世紀前半から後半までの医学史に沿って話が進みます。

私は医学や歴史には明るくありませんが、「不可能だとされる課題に立ち向かう開拓者の物語」だと思えば本書は身近に感じます。

なんでも自分の仕事(機械設計)にこじつけて勝手にぐっときてしまいました。

以下に、印象に残ったエピソードを紹介します。

休暇中でも考えてしまう気持ち、めちゃわかる

「第2篇 世紀の目覚め」では、アメリカ~ヨーロッパでの麻酔の確立を巡るいきさつが描かれています。

「第1篇 長い暗黒」で散々な辛い手術描写を読んでいるので、とんでもなくエポックメイキングな出来事であるのは感情で理解できました。

ここで、まず全身麻酔の露払い、ホーレス・ウェルズという人が登場します。
彼は歯科医で、抜歯の苦痛を取るために笑気ガスを使う麻酔法を発見します。
結果としては大学での公開実験に失敗し、さらに弟子に先駆者としての功績を取られて、度重なる実験による中毒症状で錯乱という不運さです。

そんないきさつも興味深いですが、私がなぜか一番面白いと思ったのは、「笑気ガスを使う」という方法をひらめいた経緯です。

彼は休暇に興行一座のショーを訪れます。
それは「笑気ガスショー」。
舞台でお客にガスを吸わせ、踊る様を皆で笑うという内容。

彼はショーで、踊っていて脛を椅子の角に強打した人を目にしました。
普通ならうずくまるレベルの痛さのはずが、呑気に踊り続けています。

普段からずっと持ち歩いている問題意識によって、楽しんでいるなかでも彼の眼がそれをとらえました。
そこからは、もう客ではなくて歯科医なんですね。
注意深く強打した人を観察し、座長に突撃してガスの調整について取材・交渉し、自分自身で実験をします。

卑近ではありますが、私も機構の構想設計に難儀しているときは、何をしていても全身アンテナになります。
ゲーセンにいったらギミックが気になってしまいますし、街や家で目にするもの全てにヒントが隠されているような気になって気が休まりません。

まして彼は「外科手術イコール苦痛」という動かぬ常識を覆そうとしていたのですから、毎日考え抜いて頭から離れなかったんだろうなあと勝手に共感してしまいました。

全編通して感じた、先駆者の不安と孤独

本書には、外科医学上ターニングポイントとなった手術や出来事がいくつも登場します。

後世の人間の私が「18XX年、〇〇手術に成功」という一文だけを読むと、「へー」で終わり。
「なんかすごい偉人がサクっと成功させた」くらいのイメージでした。

しかし本書を読んで、改めました。
当たり前ですが結果的に「成功させた」から功績が認めらているのであって、挑戦を決めた時点では不安しかなかったでしょう。

挑戦の渦中では、不安におしつぶされそうになりながら経過を見守っていたんだろうなあという事が追体験できました。

防腐法の発見、腎臓の摘出手術、心臓手術などなど、挑戦を決めた際の感情が本書にはいきいきと描かれています。

やろうとしていることは常識外れで、その時点での権威でさえも実現させたことはなく、話せば鼻で笑われて却下される。
それどころか、経歴に傷がついて失職の恐れもある。
ふつうはそれで怯みますが、自らの頭で考え、解剖や動物実験を繰り返し研究して手術に臨みます。

人の命を預かる重大さとは比べ物になりませんが、自分に置き換えて考えるとすごく熱い展開だと思いました。

前例のないことをやる」ってすごく不安でストレスがかかります。
前にいた職場では「提案」がすごく怖くて緊張する行為でした。

「こうやったらデザインと強度が両立できそう」「無理そうなギミック仕様だが実現できる」みたいに思いついても、いざ上司や同僚に話すとにべもなく集中砲火です。

理由は「前例がないから」。自腹で模型を試作して、目の前で見せて、やっと見向きされる。

ただ、提案直後の集中砲火に耐えるには精神的強度が持ちませんでしたし、次第に委縮して惰性で前例を踏襲するようになってしましました。
当時の自分が読んだら、喝を入れられて、すごい勇気づけられる気がします。

『外科の夜明け』に再会

今回紹介する『外科医の世紀 近代医学のあけぼの』は2007年発行ですが、それまでは『外科の夜明け』という名前で別の出版社から出版されていました。

最近もう一度読みたくなりましたが、今は絶版。

探してたどり着いたのが、今回紹介する『外科医の世紀 近代医学のあけぼの』(へるす出版)です。

タイトルは違いますが(翻訳者が違うので)、原著は同じです。
ちなみに、今回の訳者は現役の医師です。

後書きを読むとわかりますが原著にもバリエーションがあり、今までに出版された訳書は元にしたものによって抄録だったりするようです。

今回の本書は、完全翻訳なのでうれしいです。

入手について

一般的な書店やネット書店では取り扱いや在庫が少なくて、入手しづらいです。
(加えて分厚くて持ち歩きづらいので、電子書籍化されるとうれしいのですが……)

私が購入時はamazonと楽天には在庫がなかったので、出版社の公式サイト から直接購入しました。

2018/9/5追記:ネット書店のhontoには普通に在庫があり 、購入が可能です。

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